今回は「倍音」について解説したいと思います。
はじめに
あまり深く追求しても難しい音響学になってしまい、ミュージシャンにはあまり関係のない話になってしまいます。
作曲やアドリブなどをするとき、倍音や周波数を考えながらすることはほぼないでしょう。
というわけで、ここでは「ミュージシャンならこのあたりまで知っていれば困らない」といった程度の話にとどめたいと思います。
もちろんくわしく知っているに越したことはありませんし、エンジニアなどはかなりの知識が必要とされるでしょう。
倍音とは
たとえばピアノで「ラ」と弾きます。
そうすると「ラ」以外にもいろんな音が同時に鳴っているのです。
弾いた鍵盤の「ラ」の音を「基音」と呼び、その他のたくさん鳴っている音を「倍音」といいます。
では「スペクトラムアナライザー」というものを使って倍音を見てみましょう。
これはピアノで「ラ」を弾いたときの「周波数分布図」です。
よくチューニングのときに「A=440」などと言いますね。
ちょっと下の小さい数字を見てください。
単位は「Hz(ヘルツ)」です。
ちょうど440Hzあたりに波形のピークがあるのがわかると思います。
これが「基音」です。
そしてそれより右にある波形が全て「倍音」です。
倍音の周波数は440Hzが2倍、3倍・・・と増えていきます。
先ほどの波形でも440Hz、880Hz、1320Hz、1760Hz・・・と山があります。
そしてそれはそれぞれこのような音になっています。
基音:440Hz「ラ」
2次倍音:880Hz「1オクターブ上のラ」
3次倍音:1320Hz「ミ」
4次倍音:1760Hz「2オクターブ上のラ」
もちろんその上にも5次倍音、6次倍音・・・とありますが、別に和音に聞こえたりはしません。
基音で「ラ」を鳴らしたとき、2次倍音、4次倍音、8次倍音、16次倍音に「ラ」が表れます。
周波数も440、880、1760、3520と倍々に増えていきます。
このように基音を単純に整数倍にした音で作られた音階を「純正律」といいます。
しかし、現代ではほとんどの音楽は「平均律」でできています。
平均律でも2次倍音、4次倍音、8次倍音と「ラ」が鳴る倍音は、綺麗に440を倍にした周波数になりますが、3次倍音、5次倍音、6次倍音など「ラ」以外の音は、純正律とは少し違う周波数になります。
たとえば、先ほど3次倍音の「ミ」は1320Hzと書きましたが、平均律での「ミ」の音は正確に言うと1318.510Hzです。
5次倍音の「#ド」も440を単純にかけ算すれば2200になりますが、平均律での「#ド」は2217.461Hzになります。
「純正律」と「平均律」についてはここではくわしく解説しませんが、興味のある方は調べてみると面白いと思います。
倍音は音程というより音色に影響を与えます。
倍音の含まれ方により、音色が変わって聞こえるのです。
先ほどのピアノの波形ではハッキリと波形の山が確認できました。
この基音を倍にしていく2次倍音、3次倍音などは「整数次倍音」と呼ばれます。
倍音はそれだけではなく「非整数次倍音」というものもあります。
これはいわゆるシンセサイザーの音色なのですが、先ほどと違って細かい山がたくさんあり、山と山の間にも小さい山があったりします。
先ほどのピアノのときの倍音の山と同じ倍音がここにも含まれていますが、その間にある小さい山を「非整数次倍音」といいます。
「非整数次倍音」は音程がはっきりしない音、ノイズや打楽器などに多く含まれます。
整数次倍音の音程
では「整数次倍音」が具体的にどのような音程になっているのか見てみましょう。
わかりやすく「ド」を弾いたときの倍音列を書き出してみます。
1番最初の「ド」が実際に弾いた基音とします。
(【Root】は「R」と示します。)
倍音としては、まずオクターブ上の【Root】が鳴ります。
これが2次倍音です。
そして次に【5th】である3次倍音の「ソ」が鳴ってから、さらに2オクターブ上の4次倍音である【Root】が鳴ります。
ようするに【Root】と【Root】の間に「ソ」が入ったというわけです。
【Root】の次に鳴る3次倍音の【5th】は、高い倍音に比べると聞こえやすい音です。
ということから、コードを弾くときに【5th】は省略することが可能なのです。
【Root】を弾けば【5th】は弾かなくても鳴っていると考えていいわけです。
左のコードと【5th】を省略した右のコードを聴き比べても、それほど違いはないのがわかると思います。
もちろん【♭5th】や【#5th】は省略してはいけません。
次のオクターブは先ほどの「ド-ソ-ド」の間に、それぞれ音がひとつずつ増えます。
「ド-ソ」の間には「ミ」が、「ソ-ド」の間には「♭シ」が入ります。
一度鳴った倍音は次のオクターブでも鳴り、さらにその間に音が増えてきます。
次のオクターブでは、先ほど鳴った「ド-ミ」の間に「レ」が入ります。
同じように「#ファ」「ラ」「♭シ」が入ります。
わかりやすく書いてみましょう。
下から順番にどういう倍音が鳴っているかわかりやすくするために、それぞれ「基音から2次倍音」「2次倍音から4次倍音」「4次倍音から8次倍音」「8次倍音から16次倍音」を並べてみました。
音と音の間に1つずつ増えていっているのがわかると思います。
こう考えるとそんなに難しくはないですね。
興味深いのは【Root】と【5th】の次に鳴るのは「ミ」と「♭シ」ということです。
これは「C7」の構成音です。
トニックに使う「C△7」より先に、ドミナント7thコードである「C7」が先に出てくるのです。
単音で音を鳴らした場合、潜在的にドミナント7thが鳴っているということです。
ブルースのトニックやサブドミナントがドミナント7thコードであるのも、そんなところに理由があるのかもしれません。
そして次のオクターブではテンションが入ってきます。
【9th】【#11th】【13th】です。
【11th】より先に【#11th】が出てくるのです。
そしてここでようやく【△7th】が出てきました。
このように度数で覚えておくと、倍音もかなりわかりやすいと思います。
基音が「♭ミ」の場合はこのようになります。
オクターブが鳴り、【5th】が鳴り、「E♭7」の構成音が鳴り、テンションが鳴ります。
いろいろな音色による倍音
音色が変わると倍音構成も変わります。
逆に言うと、倍音構成が違うから音色も違って聞こえるわけです。
では、また「スペクトラムアナライザー」を使って楽器別に倍音を見てみましょう。
全て440Hzの「ラ」を鳴らしてみます。
数字が小さくて見にくいのですが、どのあたりの周波数に山があるか確認してみてください。
今回は生録音ではなくサンプラー音源での比較なので、生楽器とは違う結果にはなりますが、各楽器の違いはわかると思います。
サイン波
まずはサイン波と呼ばれる波形です。
これは自然界にはないと言われる音です。
今回はシンセイザーによって出しています。
見てわかるように倍音が全くありません。
全く倍音がない唯一の音色です。
このサイン波を組み合わせることによって、理論的にはあらゆる音色が作れると言われています。
Piano
次はピアノです。
とても綺麗な倍音構成です。
非整数次倍音はほぼありません。
アタックのときだけ、下の方に少し山があるのはハンマーの音やその他のノイズ成分です。
そして高い倍音から順に減衰していきます。
Bass
ベースです。
通常440Hzのあたりではあまり演奏しないので、これだけはよく使う音域である55Hzの「ラ」を弾いています。
基音より2次倍音のほうが大きくなっています。
高い倍音もわりと出ているのがわかります。
Flute
これはフルートです。
高い倍音がピアノより多く含まれています。
非整数次倍音も少し含まれているようです。
Trumpet
トランペットです。
アタックのあと、少ししてから非整数次倍音が少し出てきています。
3次倍音が強めですね。
Violin
バイオリンです。
高い方まで倍音が多く含まれています。
非整数次倍音も少しだけあるようです。
Alto Sax
アルトサックスです。
かなりいろんな倍音が含まれています。
低いほうの倍音は、どれも同じぐらいの大きさで鳴っているのがわかります。
Voice
コーラスです。
最初はきれいな倍音構成ですが、徐々に非整数次倍音が増えてきています。
バイオリンやサックスと比べると高い倍音が少なめです。
Distortion Guitar
ディストーションをかけたギターです。
アタックでは、低い方にピックが弦に当たる音などのノイズ成分が一瞬出てきます。
そしてかなり高い方まで綺麗に倍音が含まれています。
Synth Pad
いわゆるシンセパッドです。
下の方は綺麗な倍音構成になっていますが、高いほうの非整数次倍音をたくさん含む山が徐々に低い方に移動していくのがわかると思います。
いかにも機械的な動きをしていて、生楽器ではないというのがよくわかります。
Cymbal
シンバルです。
このように、音程がない音色には非整数次倍音がかなり多く含まれています。
音程がわかりにくいパーカッションやノイズなどは、このような倍音構成になります。
このように、ある程度の周波数がわかるとイコライザーなどで音質補正する場合などにもとても役立ちます。
耳障りな帯域を抑えたり、足りないところを補強したりするわけですが、そのようなとき「スペクトラムアナライザー」があると視覚的にわかるので便利です。
今回使った「スペクトラムアナライザー」はわりと使いやすく、しかも無料です。
さいごに
最初にも言いましたが、倍音は詳しく学べば学ぶほど「音響学」になっていってしまい、「音楽」とはどんどん遠ざかっていってしまいます。
今回はミュージシャンが理解しておくべき最低限のことだけを解説しました。
もちろん倍音を完全に理解したからといって、いい曲が書けたりかっこいいアドリブができたりするわけではありませんが、興味を持たれた方はもっと深く勉強してみるのもいいと思います。
もちろんエンジニアや、ゼロからシンセサイザーで音作りをする方、イコライザーを使って音質補正をしたいギタリストなどはもっと知っておく必要があるでしょう。
<今回使用したスペクトラムアナライザー>
Freeですのでぜひダウンロードしていろいろ試してみてください。
Voxengo SPAN
https://www.voxengo.com/product/span/
今回の解説動画はこちら↓